最近特にSNSや漫画アプリで盛り上がっている「みいちゃんと山田さん」(作:亜月ねね)。

もともと人気作品ではありましたが、「現実が見えてきた」の衝撃回をXの投稿とかでも良く見かけます。
まずは結論から言うと、この「現実が見えてきた」のシーンが登場するのは【第30話(2)「生のままで」】です。
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今回は、なぜこの一コマがこれほどまでに読者を戦慄させたのか、その「本当の恐ろしさ」と、山田さんの抱える闇について深く掘り下げて解説します。
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みいちゃんと山田さん、「現実が見えてきた」の本当の恐ろしさとは?
「現実が見えてきた」の場面がネット上で語り草になっているのは、みいちゃんが泣いているという「状況」ではなく、山田さん(読者も)の目に映る「みいちゃんの顔」そのものが一変するからです。
それまでの本作では、みいちゃんはどこか危うく、空気が読めないながらも、山田さんの視点(フィルター)を通して「守ってあげたくなるような、可愛らしくやわらかい存在」として描かれていました。
しかし、「現実が見えてきた」と形容されるそのコマでは、その見え方が一気に崩壊します。
- 目の下のリアルなシワやたるみ
- 生々しく不格好な涙や鼻水
- 人間くさい、なまぐさい顔の肉感

急に絵柄が劇画調とも言えるほど写実的になり、まるで山田さんがふと我に返って「あれ、みいちゃんって本当はこんな顔(存在)だったのか」と気づいてしまったような、ゾッとする感覚に陥るのです。
なぜ山田さんには「可愛いみいちゃん」が見えていたのか?
「現実が見えてきた」のシーンの本当の怖さを理解するには、本作の根本的なテーマである「山田さんの歪んだ優越感と救済者コンプレックス」を知る必要があります。
本作は冒頭で「みいちゃんが殺されるまでの12ヶ月」を描く物語であることが明示されています。
夜の街で出会った、何をやってもダメなみいちゃんに対し、山田さんは呆れながらも世話を焼き、「私が育ててあげなきゃ」と執着していきます。
しかしそれは純粋な優しさではなく、「自分より下の存在(みいちゃん)を見下し、世話をすることで、自身の満たされない承認欲求や親からの呪縛を埋め合わせている」という残酷な側面がありました。
つまり、
これまで: 山田さんの「私が救ってあげる可哀想な子」というフィルター越しに、みいちゃんが漫画的に「可愛く」見えていた
気づき(第30話-2): 自分の手に負えるような愛玩動物ではなく、理解の及ばない「生々しい他者」であるという現実を直視してしまう
この一コマは、みいちゃん本人の容姿が変わったのではなく、「山田さんの身勝手な幻想が完全に剥がれ落ちた瞬間」を描いているわけです。
可愛い絵柄から「現実が見えてきた」瞬間
本作は、人間関係の距離感や境界知能、夜の街のリアルなどを丁寧に描くヒューマンドラマですが、この場面の異様さは「作画のタッチだけで主人公の心理的崩壊を表現した」という点に尽きます。
普通なら、
- 「急に目の前の人間が他人に思えた」
- 「私が勝手に作り上げた虚像だったんだ」
といったモノローグ(心の声)や説明台詞で処理しがちな心理描写です。
しかし作者は言葉による説明を一切省き、「フィルターが外れた生の現実(=生のままで)」を、絵柄の急変だけで読者に叩きつけてきます。
だからこそ、読者も山田さんと全く同じタイミングで、
- 「現実が見えてきたって、こういう意味か・・・」
- 「今まで読んでいたのは山田の妄想だったの?」
- 「空気が一変して急に怖くなった」

と直感的な恐怖を感じ、検索せずにはいられなくなるほどのインパクトを生み出したのだと思われます。
まとめ:「みいちゃんと山田さん」本編も読んでほしい!
話題の「現実が見えてきた」シーンは【第30話(2)「生のままで」】に収録されています。
このシーンの最大のポイントは、それまで可愛らしく見えていたみいちゃんが、山田目線のフィルターが外れたことで急にリアルな絵柄で描かれるという「演出の凄み」です。
あらすじやテキストによる説明だけでは絶対に伝わりきらない、「あれ、こんな顔だったっけ?」と脳がバグるようなゾッとする感覚は、1話から読み進めて実際のコマの変化を見てこそ味わえます。

「ただの鬱展開の漫画でしょ?」と思っている方にこそ、この巧みな心理描写と演出の妙を、ぜひ本編でその目で確かめてみてください。
あのひろゆきさんも読んだ「みいちゃんと山田さん」なので、女性だけでなく男性でも楽しめると思いますよ♪
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